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help RSS 千石船が帆を休める潮待ちの港町 『大崎・御手洗』釣り紀行 第3編 乙女座と七卿落ち遺跡 街並み

<<   作成日時 : 2008/12/04 19:34   >>

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●昭和初期のモダン劇場『乙女座』
乙女座は昭和初期に建設され、映画 や芝居、大道芸の興行、青年会の社交場として昭和30年(1955)まで使用された後、現在の建物は平成14年に復元されました。普段は有料で館内を見学できるようになっていますが、私が訪れた日は、日頃の行いが良いのか、町の有志の方が素人芝居をやられていて、無料で見学することができました。
入り口で外観を撮影していますと、町のおじさんに声をかけられ、中に入って見学してくれって言われました。お言葉に甘えて入り口で靴を脱いで中に入ると予想外に広く、満員の観客でした。中は「花道」や、「奈落」がもうけられており、2階には「桟敷席」がありました。高燈籠が描かれた緞帳はとても綺麗でした。最初満員の観客の頭ごしに撮影しておりますと、中にいたおじさんに、右の高い桟敷のようなところに案内されました。大きなテレビカメラを回されいる方の側で、悠々と写真撮影をさせていただきました。町の方は皆さん優しく親切です。素人芝居を1演目拝見しました。大勢の観客は大喜びです。芝居小屋も素敵ですし、昭和のノスタルジーってこういうことなんですね。古き良き時代を味わったような、なんだか得した一日でした。


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●乙女館を正面から見たら、飾り模様が乙女が泣いているように見えませんか?乙女の涙;

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   ●七卿落ち遺跡(多田家・竹原屋)(昭和15年県史跡)
    1863年8月18日の政変で公武合体派に敗れて失脚した、尊攘急進派(朝廷内討幕派)の公卿三条
    実美・三条西季知・四条隆謌・東久世道禧・壬生基修・錦小路頼徳・沢宣嘉が、長州軍に守られて京
    都を脱出して長州藩へ逃れました。長州へ都落ちの際、御手洗に立ち寄ったときここが(七卿落ち遺
    跡)宿となりました。1864年再挙を図って「蛤御門の変」を起こしました。

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   ●街並み探索
    なまこ壁?

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    ●レトロの看板の明治の古い時計屋さん。140年間止まっていない柱時計があります。

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    ●戦前の看板です。欅の木だそうです。

    ●またまた終わりそうもありませんでした。次回が御手洗釣り紀行の最後となるはずです。

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