安芸.石見地方神楽紀行

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zoom RSS 謎の隧道型古代信仰遺跡 神秘のスポット『トンカラリン』  広島県安芸津町

<<   作成日時 : 2015/03/16 12:00   >>

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井戸と横穴を連結した石組遺構・古代信仰遺跡・隧道型遺跡「トンカラリン」探訪

自宅から小一時間の、静かな谷合の里に、「トンカラリン」という名の神秘スポットがあります。
トンカラリン…面白い呼び名ですね!
道路地図帳には、トンカラリン『厄落としの古代信仰遺跡』との記載されています。以前から一度探訪したかったのですが、夏はヤブ蚊やマムシが怖くて、冬になって下草が枯れてから、と思いながら今日に至っておりました。週末、時間が出来たので、カメラとトレッキングシューズを助手席に放り込み、車を走らせました。予報では曇天でしたが、途中霧雨の降る生憎の天候でした。
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 ※場所は、広島県の安芸津という瀬戸内海を望む人口12000人の背面を山に囲まれた港町です。地図上では、海から車で十数分、徒歩で登山20分くらいでしょうか。

安芸津の小さな繁華街?をぬけ、県道32号線を山間の東広島方面、蚊無峠方面に車を進めます。
住宅が途切れ、田圃風景に変わった頃、右手に洋瓦の看板が見えました。小さな橋の手前を右折です。
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前から1台の軽と出あってしまいました。普通車が漸く通れる細道ですので、橋の手元まで、当方がバックし、地元の方の軽をやりすごしました。

暫く田圃の中の細道(あぜ道?)を上っていくと、中世山城「安芸・松尾城」(竹原小早川家の家臣行友光叔の居城)の菩提寺であった「素鷹神社」の石鳥居が見えます。
そこをまだまだ山の方に向かっていきますと、三叉路に出ます。左に行くと、山城を経由していくつかの山を越え竹原方面にでる林道となります。全く看板もない右方面の小道を、内心不安に駈られながら更に山奥に向かいます。ずっと右側を細い渓流が流れています。まだ3月の中ごろですので、田圃や畑には全く何も緑がなく、人影もありません。折からの小雨でさらに不安感、心細さが増してきています。

細道を更にトコトコ上っていくと、小さな橋があり、渓流はそこから右側から左に変わります。前方に県道から右折した戸口にあった看板「荒谷洋瓦梶vの広い工場が見えます。因みに橋の名前は「ひらけたはし」でした。ん〜まわりの雰囲気とどうもそぐわないような…
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橋の手前に、軽であれば漸く登れるような小道がついています。
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事前にネットの画像で認識してきたので、迷わず、この道が遺跡に通じていると確信しましたが、何も知らない方は、近くの民家の方に聞かなければ通り過ごしてしまいそうです。県道からここまで1枚の案内看板も無く、折角の遺跡でありながら観光目的でここに人を呼ぶ気が全く感じられません。(私の様に、ミステリアスなスポットを探訪目的であれば、これはこれで楽しい?)
ここの標識を確認すると、「安芸津町三津正司畑」とありました。

「ひらけたはし」の手前に車一台停められる空地を見つけ、そこに車を置き、徒歩で遺跡を探すことにしました。
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(この道、軽なら大丈夫かな。勇気のある方なら目的地までどうぞ。自己責任で。)
                                シューズを履き替え、カメラ片手に登り始めました。
細い山道を登り始めると、ドドッという音とともに、鹿が数頭群れをなして逃げていく姿に出くわしました。町から数キロのところで野生のシカを見るなんて、なんという所でしょう。先ほどの三叉路にオレンジ色の猟区を示す看板があったので、猟師に撃たれなければいいが、と心配しながら、逃げていく彼らの姿を数枚写真に収め、さらに奥へと進みました。
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とっさの出来事で、カメラもブレています。
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更に奥に進みます。
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白い看板に出会いました。地元のライオンズクラブが「トンカラリンまで軽自動車通行できます」と案内しています。この案内板、ネットで事前確認した際は、もっとわかりやすく綺麗な状態の画像でしたが、場所も変わり、その辺に放置されたような状態で置かれていました。

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本当に、この道って車が上がれる?
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途中、見事な棚田に出くわしました。すでに役目を終え、数十年経つのでしょうか、田圃の中にも多くの大木が立ってきています。鹿やイノシシを捕獲するワナもありました。どうして、こんな山奥の谷間に棚田を作らなければならなかったのでしょう。それにしても見事な石組みの棚田です。最初、中世の山城の砦の一部かと思ったくらいです。
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この案内板、枯れ木に埋もれて倒れていましたので、ここに立てかけておきました。

左右、大きく育った針葉樹の並木道を過ぎたくらいのところで、左の渓流の先で、またもやドドッと獣が動き小枝が擦れる音に驚かされました。いっしゅん、足が止まり、薄暗いし、小雨は降るし、このあたりで探策を断念し引き返そうかと本気で思いました。相当のビビりですね。
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棚田に数mの木々が立ち並んで。

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先ほどから様子が少し変わってきました。道路が一段と細くなって

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到着したみたいです。

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ずいぶん苔むしてしまった案内板。立てかけてあるだけ。風化は時間の問題か。

漸くたどり着いた隧道型遺跡「トンカラリン」
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中はジメッとした空気が漂い、先ほど出くわした鹿の一件以来、ビビッたままの私目と致しましては、このパックリ開いた暗黒のトンネルに、入ってみようとは流石に思いませんでした。
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抗の上側の石は、このあたりでは見ることのない、見事な一枚岩で、岩通し、カミソリ一枚入ることのできないくらいの隙間の無い組み方をしています。入口の幅と高さは、60×75です。長さ18mの途中は人が立てるくらいの広場もあるようです。その先は、90度で上に繋がって、出口に繋がっています。(思うに、現在の出口が古代では入口?かもかも)
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●この中を通り抜けると厄落としができ,無病息災で幸せに暮らせると言われてはいますが、流石にこの雰囲気ではカメラを中に差出し、首をつっこんで見るのが精いっぱいでした。

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出口?の竪穴を探します。なんだか雰囲気がア〜
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ありました。出口発見!井戸みたい
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案内板によると
3mたらずの竪穴ですが、ストロボをたかないと、底なしのような感じがしました。案内板にあった中の足場の岩はかけおちてしまったようです。
しかし、こんな山奥に何の為に、こういった構造物を作ったのでしょうか。
トンカラリンが最初に発見され、有名になったのは、熊本県和水町の遺構です。「トンカラリン」の名称は、穴に石を投げ込むと、とんからりんという音が聞こえることから名づけられたという説と、朝鮮から由来したという二つの説がるようです。ここにみられる石積み工法は、エジプト考古学者の吉村教授曰く、エジプトピラミッドの布石積みと同じ工法だということです。
トンカラリンが古代の儀式に使われたものとすると、先般節分の際ご紹介した、茅(ち)の輪くぐりの神事に繫がるものではないでしょうか。茅の輪をくぐり抜けると、厄除けとなるという風習が各地に伝わっています。茅の輪は、水神であるヘビを象ったものですが、「トンカラリン」は今に伝わる神事「茅の輪くぐり」の元ではないかと推測します。
古代人が古代信仰の何かの儀式に使ったものか、山中の棚田へ水を引く為の排水溝として作ったのか、古代を知らない私には想像すらつきませんが、何やらミステリーぽくって大変興味深いスポットではあります。






トンカラリンの探索を終え、少し上に登ってみることにしました。熊野古道のような石を引きつめた山道が更に山に向かって伸びていきます。
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そこには見事な棚田が広がっています。思うに(私の想像)、中世以降、年貢を納める田畑は広さで決まっていましたから、人目の着かない山中にひっそりと棚田を作って自分たちの稲を育てていたのかも知れませんネ。
それとも…近くには平家の落人伝説が残っていますので、落人が隠れ住んで耕した?
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小川から、棚田に向けて、見事な水路も人工的に作られていました。
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数多くの人工物の遺構を眺めながら、山を下りてきました。
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途中出あった、ホッとする花々です。
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安芸津には古くから大きな神社があり、地元の氏神様として祭られています。
トンカラリン探索の帰り道、ちょっと立ち寄ってみることにしました。

榊山八幡神社

東広島市安芸津町三津


今回、トンカラリンのご紹介で長くなってしまいましたので、神社のご紹介はまた次の機会とさせていただきます。





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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
SiSiさん、こんにちは^^

SiSIさん、わくわくするような探検をなさいましたね!
いや!わたくし、ワクワクしています☆

横穴に井戸、おもしろいですね!
祭儀に使用されたのでしょうか。
長さや高さや石の積み方や井戸の大きさも楽しいです。

安芸は良いところですね。
長い時の流れを感じます。

そして、安芸は素晴らしいですね!!!
鹿が飛び跳ねていますね。
こんなに自然が、お車で一時間のところですか?
いいなぁ☆羨ましい…。
わたしも行ってみたいです!!

お車を駐車できるところがあって、良かったですね。
いい感じの村里からの山道は、軽自動車が通れるんですね。
バイク(実は原動付自転車 爆 大笑い 汗)で、行きたいなぁ…。

大変長い間、自分も歩いているように興味深かったです!
楽しませていただきありがとうございます。

最近、お返事やブログの更新などが遅くなりごめんなさい!!!

春ですね。
ここら辺で、ブログも更新しなければと焦っています。
これからもよろしくお願いしますm--m

季節の変わり目、お体に気をつけてくださいませませ^^
Rancho
2015/03/20 10:24
Rancho様おはようございます。何時もコメント有難うございます。
あまり知られていませんが、広島にも結構今回ご紹介したようなB級遺跡が多く点在しており、訪ね歩く先に事欠きません。遺跡の中でも、特に中世の山城が数百もあって、それを踏破する目標もそれは楽しいものです。
しかしながら、今回もそうですが、遺跡を示す看板、案内板、パンフ等、根っからのファン以外の方々に存在を知らせるツールが乏しいのが現実です。
史跡、遺跡には、国指定から県指定、町指定、指定なしとさまざまなランクがつけられていて、それぞれそれを守っていく予算も変わっているのですが、最近は国指定でも夏は雑草や倒木で近づくこともできない処が多い悲しい現実があります。
里人は暮らしやすい都会に移り住み、山に芝刈りにいったり、山を耕すといった昔の習慣が無くなったことも遺跡、史跡が廃れていく一因になっているのかも知れません。歴史あるものもいつかは土に戻って、忘れ去られていきます。
我々は歴史あるものを正しい形で次の世代に引き渡す義務があると思っています。そろそろ皆で考える時期にきているのではないでしょうか。
地域の神楽団さんも若い世代に文化を引き継ぐのに、相当苦労をされています。
Ranchoさま
2015/03/21 09:18

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