安芸.石見地方神楽紀行

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zoom RSS あやめの前が、落延びる際に乳が出るようお祈りした「安浦の稚児明神」

<<   作成日時 : 2017/05/09 05:38   >>

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当サイトは、安芸国賀茂郡(東広島西条)に伝わる源頼政の側室、菖蒲御前(あやめの前)の伝説地写真紀行の本文のサブサイトです。
参考までに本文のURLは、
http://hiroshimakagura.at.webry.info/201705/article_1.html


安浦に伝わる平家伝説
あやめの前が乳が出るようお祈りした「安浦の稚児明神」


1180年の2月、3歳の安徳天皇(清盛は外祖父にあたる)が即位し、4月に以仁王が日本中の源氏関係者や寺院に、平家追討の令旨を発しました。それに呼応し、5月に頼政一族は挙兵しました。クーデターには実に準備不足です。
頼政は、挙兵の前に、信頼していた家臣の猪早太をよんで、愛するあやめの前を西國に逃すよう指示しました。
あやめの前は当時、3才になる男の子(種若丸)を抱え、お腹にも頼政の子がいました。
猪早太は、頼政のめいを受け、急ぎ京近衛河原の頼政邸に戻ると、あやめの前と種若丸を連れ、陸路丹波路を経て西国に向け南下しました。瀬戸内を航し、備前、備後(岡山)を過ぎ、安芸国の三原付近に差しかかりました。

長旅と平家に追われるプレッシャーの中、乳飲み子種若丸に与える乳が出ず困っているところ、近くの安浦水尻海岸の海上の岩に、稚児(知子)命を祀る明神があると聞き、立ち寄ることにしました。
お参りしたとたん、乳母も元気が戻り、乳もよく出るようになったと伝わっています。


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        ↑安浦の稚児公園からは、かなりの距離、海に向かって歩かなければなりません。

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           海に浮かぶ稚児明神さま  ちょうど満潮でしたが、大潮の干潮時は
           陸続きになる?わかりません。

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