岩見重太郎  『宮乃木神楽団』  JAイベントにて  (前編)

岩見重太郎
頃は戦国時代の末期、岩見重太郎という九州は筑豊の豪傑が、諸国を武者修行中、各地で狒々や山賊や大蛇を退治し、父の仇を天の橋立で討ったという伝説を、宮乃木神楽団が神楽化したものです。岩見重太郎は実在の人物と言われ、調べると本名は、薄田 兼相(すすきだ かねすけ)のようです。兼相さんは、小早川隆景の剣術指南役であった岩見重左衛門の次男として生まれましたが、叔父の薄田家の養子になったとされています。
神楽は、重太郎の狒々退治から敵討ちまで、重太郎の生涯を35分に見事に纏めた宮乃木さんのオリジナル神楽となっています。
●毎年の例祭の時、白羽の矢が立った家では、そのお社に年頃の娘を猿神様(狒々)に人身御供に奉るのが例になっていました。庄屋の娘が今年生けにえにされる事となって悲しんでいると、岩見重太郎が通りがかり様子を尋ねました。重太郎は、娘に化けて供え物の箱に刀を持って入り、激しい戦いの内に狒々を退治しました。
 その頃重太郎の父は、国許で広瀬軍蔵のため殺害されてしまいました。それを知った後藤又兵衛と塙団右衛門は、重太郎を助け、丹後宮津藩に仕えた広瀬軍蔵を追い、天の橋立で藩からの助太刀500人と対戦するという天の橋立二百五十番斬りの幕が切って降ろされるのでした。今でも天の橋立には「仇討の碑」があります。周辺には重太郎に関する史跡が沢山残っています。

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   ●岩見重太郎狒々退治の図 作:歌川芳年

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    ●後半は、狒々退治と、父の敵討ちの場面となります。お楽しみに…

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この記事へのコメント

ヤンチャ子
2008年11月27日 20:51
「岩見重太郎」は見たこと有りますがその頃、意味が分からずに見てましたから覚えていません。
3回くらい見ないと頭に入りません。
その時は覚えていても時が経つと忘れてしまいます。

でも「宮乃木神楽団」の大太鼓叩く人が立ち上がって体全体で
叩かれて感動したの覚えてます。

来月12月21日(日)
石見神楽久木社中発足5周年記念
年末太刀納め神楽~玄武の舞~
が「ふれあいホールみと」であります。

沢山の社中がこられてその中に宮乃木神楽団さんの「岩見重太郎」もありますから今度はしっかり見て置きますね。
ししさんも最後に行かれたら如何ですか
ししです。ヤンチャ子様へ
2008年11月28日 08:39
おはようございます。いつもご来場頂き有難うございます。後半も昨日の夜頑張ってアップしました。画像からも熱演が伝わってきますね。私も過去5~6回は拝見しておりますが、いつもどこかブラッシュアップされていて新鮮です。
12月21日ですね。行けたらいいですが。

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