人間魚雷・特殊潜航艇「回天」基地を訪ねて 戦争遺跡 平生基地 シリーズNo.3

山口の人間魚雷’回天’基地を訪ねて…前回につづき、No3最終のご紹介となります。
No3では、大津島から、徳山に戻り、そのから平生、柳井方面に車を走らせました。


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回天記念館のある大津島(大津島回天基地)を離れ、フェリーで徳山に戻りました。
行きは高速の旅客船でしたが、帰りはフェリーで、途中港に立ち寄る為、約45分
の船旅です。車やバイクなど、釣り客も乗り込み、行きより賑わっておりました。

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これには驚かされました。陸の上の回天を見てきただけに…
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潜望鏡に見えませんか?

上陸後、陸路徳山から風光明美な海水浴場の広い砂浜のある瀬戸内海を右に見ながら、柳井方面へ
向かいます。次は、特殊潜航艇や回天の訓練場のあった、平生基地です。

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■山口県熊毛郡平生町の平生回天基地へ

基地兵舎の上に立つ「阿多田交流館」

ここは半島になっていて、昔は半農、半漁、塩田での塩作りでのどかな集落でした。
昭和16年(1941)太平洋戦争勃発の翌年、ここへ大竹潜水学校柳井分校が開港しました。
さらに次の年、特殊潜航艇と、回天の訓練基地が開設されました。
終戦後は、進駐軍の駐屯地となりました。その後、ここにあった施設を利用し、
若い受刑者の矯正施設となっていました。
施設の老朽化とともに、すべての建屋を解体し、その更地の上に、回天の展示施設と
して開館したのが、今回訪れた「阿多田交流館」です。

この回天は、平成18年に公開された松竹映画’出口のない海’で撮影の為、制作
された実物大のレプリカです。

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■大津島回天基地の回天発射台に整備済の回天を運んだ’トロッコ’と同サイズ

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          ------------「阿多田交流館展示」-------------

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                       遺書、寄せ書き

館長さんに撮影許可をいただいた上、色々とお話も聞くことができました。
(閉館間際にも係わらず、丁寧にご対応いただきありがとうございました)

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交流館の館長さんに「歴史民俗資料館に本物の回天がおいてあるので、是非見て帰ってください」
と地図まで書いていただきました。いずれもすでに閉館時間がきてましたが、本物は外においてある
ので大丈夫…とのお話で、帰宅が遅くはなりますが、折角ですからと、立ち寄ることにしました。
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この回天は、2型といって、1型より若干口径が大きくなりました。この胴体は、戦後埋められ
たものを発掘した本物です。平生町歴史民俗資料館下に展示してあります。

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直径は1mたらず。中に入るとかなりの閉塞感があります。
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ハッチの大きさは、標準の方でも狭いくらいです。(最初から脱出する考えがなかった?)
しかも、外からはハッチのハンドルが無いので、開かないし…助ける気も無かった?

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最後に、
この画像は、戦争末期の1944年、海軍の軍令部が考案して、日本各地に部隊を
準備した人間機雷’伏龍’です。
訓練を受けた兵士が専用の潜水具を着用し、棒の先に機雷をつけ、連合軍が本土に
上陸のさい、船の下に潜んでおいて、弱い船底を棒で突くという、特攻兵器です。
この人間兵器の兵隊として配属されたのは、予科練出身の10代でした。
末期では、特攻や撃墜の為、飛ぶ飛行機も無く、こういった特攻へと要員が割り
振られたのでした。
彼らは訓練中、2発の原爆で終戦を迎え、出撃の機会も無く解散となりました。

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人間魚雷回天基地を3回にわたってご紹介しました。大戦が終わってまだ60数年しか
たっていません。が、かつての乗組員の生き残りの方も亡くなられ、戦争遺跡もどんどん
壊されて記憶から消え去っていっております。
では、どうやってこういった事実を後世の若者に伝えていくのでしょうか。今、20代から
40代の方に、「回天って知ってる?どんな兵器かわかる?」この質問を投げかけて何割
の方が正確に答えられるでしょうか。負の遺産のことは忘れてもいい?
そうではないはずです。20代の若者達が、日本の将来を憂いて、自ら敵艦に向け
体当たりしていきました。彼らは今の繁盛の礎となってくれたのです。馬鹿な戦争を
はじめたのは大人たちで、彼らには全く責任はありませんでした。それでも遺書にある
ようにわが国のこと、妻や両親や兄弟の事を思って散って行ってくれたのです。
彼らの気持ちを忘れないためにも、教科書で教え、大津島に修学旅行に行き、大人達
からもっと体験を聞き、もっと歴史から学び将来のことを考える機会をふやすべきでは
ないでしょうか。
回天シリーズ、このあたりで。

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