あやめの前が、平家から逃れて潜んだ西条 「吾妻子の滝」
当サイトは、安芸国賀茂郡(東広島西条)に伝わる源頼政の側室、菖蒲御前(あやめの前)の伝説地写真紀行の本文のサブサイトです。
参考までに本文のURLは、
http://hiroshimakagura.at.webry.info/201705/article_1.html
あやめの前が、平家から逃れて潜んだ西条 「吾妻子の滝」
瀬戸内海を船で西をめざしたあやめの前一行は、安浦の稚児明神で乳の出をお願いし、近くの川を
船で遡りました。浅瀬になって船を捨て、猪早太を頭とする警備のものたちに守られながら徒歩で
山の中へと平家から逃避しました。
この時、あやめの前は3歳の種若丸をつれて、しかも身重の身体でした。一行が疲れきって辿りついた
のが、大きな湖(現・三永の水源地)に川水が勢いよく流れ込む滝(千尋の滝)の傍でした。
滝の側の岩屋に
頼政の子を亡くし傷心あやめの前がここで詠った
吾妻子や 千尋の滝のあればこそ 広き野原の末を見るらん
↓あやめの前一行が潜んだといわれる場所
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あやめの前が、平家から逃れて潜んだ西条 「吾妻子の滝」
瀬戸内海を船で西をめざしたあやめの前一行は、安浦の稚児明神で乳の出をお願いし、近くの川を
船で遡りました。浅瀬になって船を捨て、猪早太を頭とする警備のものたちに守られながら徒歩で
山の中へと平家から逃避しました。
この時、あやめの前は3歳の種若丸をつれて、しかも身重の身体でした。一行が疲れきって辿りついた
のが、大きな湖(現・三永の水源地)に川水が勢いよく流れ込む滝(千尋の滝)の傍でした。
滝の側の岩屋に
頼政の子を亡くし傷心あやめの前がここで詠った
吾妻子や 千尋の滝のあればこそ 広き野原の末を見るらん
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