テーマ:史跡 遺蹟 探究

周防・山口 戦国大名・大内義隆終焉の地 「長門・大寧寺」をたずねて

仕事で、山口は長門を訪れた際、帰りに長門大寧寺に立ち寄りました。 ここ大寧寺は秋の紅葉、春の桜が大変素敵な歴史ある禅寺で、私自身、学生 時代にバイクで訪れた以来、二度目になります。 ■大寧寺 ここ大寧寺は、4代将軍足利義持の時代、室町時代の「関東管領」で あった、上杉憲実(うえすぎのりざね)公の墓があります。上杉憲実は、 …
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毛利元就三男・小早川隆景 小早川家菩提所『曹洞宗・米山寺』 宝篋印塔(国重文)

この小早川隆景ゆかりの地を訪ねてシリーズの最初の「新高山城」の麓を流れる沼田川を数キロ下って、約1キロ余り谷間を左に入ったところに、県史跡「米山寺」があります。何度訪れてもナビがなければ入り口が難しく、なかなか辿り着き難い場所にあります。この寺は、毛利隆景が養子に入る以前の小早川家代々の菩提所となっており、三原城で没した隆景の墓もここに…
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元就三男・小早川隆景 ゆかりの「臨済宗佛通寺派大本山・佛通寺」 探訪

小早川隆景ゆかりの地を訪ねて 今回は、三原(安芸国沼田荘)の「佛通寺」(県立自然公園)です。 佛通寺は、応永4(1397)年、沼田高山城主の小早川春平が、、臨済宗の僧・ 愚中周及(佛徳大通禅師)を安芸国沼田荘に迎え、佛通寺を創建しました。 佛通寺は、日本屈指の参禅道場として知られる臨済宗 佛通寺派の大本山です。 以下の紹介…
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戦国武将・小早川隆景のルーツを尋ねて…山城登山(三原本郷、新高山城・探求)

小早川隆景の山城、新高山城に登ってきました。 場所は、三原市の本郷町で、ここは近くに新広島空港があるところです。 隆景は、天文2年に中国地方の覇者、毛利元就の三男に生まれました。 元就は妻の妙久の実家である吉川家を乗っ取り、次男の元春を入れ、次に海側 の瀬戸内海、備後地方に勢力を持っていた小早川家が13代小早川興景が広島 …
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『西の東照宮』瀬戸田・耕三寺  尾道市(生口島) 冬のしまなみ海道をおとずれました シリーズ最終

帆船が盛んに行きかう頃、潮待ち、風待ちの港は瀬戸内海に沢山 ありました。この地も、本土に近く、塩田や魚も豊富に獲れていた ころ随分と賑わった時代もありました。 今は、昔日の賑わいありませんが、耕三寺を中心に、港からの古い 町並み、名産の蛸料理屋やお土産物屋が軒を連ね、静かにのんびり 過すのには絶好のポイントです。 いかが…
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世界最大・大理石の彫刻庭園 杭谷一東 大理石彫刻庭園「未来心の丘」

世界的に権威のある「マーブル・アーキテクチェアル・アワード2005」(MAA) アーバン・ランドスケープ(都市景観)部門の大賞を受賞した 世界最大規模の大理石彫刻庭園 「未来心の丘」に行ってみました。 制作は、広島県世羅町甲山出身の環境彫刻家・杭谷一東さんです。  大理石彫刻庭園 「未来心の丘」は、しまなみ海道全通を記念…
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『西の東照宮』瀬戸田・耕三寺  尾道市(生口島) 冬のしまなみ海道 千仏洞 シリーズ3

瀬戸田・耕三寺のシリーズ第4編になります。 今回は、「千仏洞」という地下に作られた、仏様が千体ある洞窟の探検?です。 よく、観光客の訪れるお寺には、地獄を物語った洞窟がありますが、ここは 仏様ばかり…というのが救い?です。 洞窟の中は、滝が流れているので湿気があるのですが、地上より暖かでした。 年中、同じような気温なのかも…
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『西の東照宮』瀬戸田・耕三寺  尾道市(生口島) 冬のしまなみ海道をおとずれました シリーズ1

夜明けの遅い寒い冬の朝、カメラバッグにお握り3つと保温水筒とカメラを2台 詰め込んで、瀬戸内海沿いに三原市に向かって車を走らせました。 今回の目的は、「西の東照宮」と親しまれている、しまなみ海道の名所、瀬戸田 は耕三寺です。 ここ瀬戸田は平山郁夫画伯(現代日本画壇の最高峰に位置する画家)の生まれ たところでもあり、彼の大きな美…
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赤穂浪士四十七士が眠る 浅野家菩提寺 芝・高輪「万松山・泉岳寺」

  1月26日、珍しく降り積もった東京に降り立っていました。ところは、高輪(品川)   そうここは赤穂浪士の眠る浅野の菩提寺「泉岳寺」 元禄十五年十二月十四日 吉良邸討ち入り後、大石内蔵助をはじめとする 赤穂の浪士、四十七士は、明六つ近くに回向院前を出発し 裏道をたどり午前十時に目的地 芝・高輪(品川)「泉岳寺」にたどり…
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吉備路備中紀行シリーズ4  雪舟が涙で描いた鼠で有名な「宝福(禅)寺」 

雪舟が涙で描いた鼠「宝福(禅)寺」  古代ロマンに浸った、今回の吉備路、備中紀行もこのシリーズで最後を迎えました。 シリー4は、中国風の水墨山水画や花鳥画で数々の国宝を生んだ、備中生まれの「雪舟」の 幼少時期に、修行したお寺「宝福禅寺」のご紹介です。 古代城「鬼ノ城」でゆっくり探索しずぎ、このお寺を訪ねたときにはもう夕日…
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吉備路備中紀行シリーズ3 謎の古代山城「鬼ノ城」鬼城山・国指定史跡

  古代ロマン溢れる謎の城「鬼ノ城」 岡山県総社市の鬼城山にある国の遺跡・鬼ノ城(きのじょう)に登ってきました。 ’鬼の城’は、標高約400m高さ6mにも及ぶ土塁や石塁が約3kmにわたって巡らされた 古代の朝鮮式山城です。 そこには、実物大で復元された西門や排水施設の水門、兵糧を蓄えた礎石建物跡等多 くの史…
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吉備・備中紀行シリーズ 秀吉正室ねねの故里・備中足守(足守のふるい町並)

吉備・備中紀行シリーズ 秀吉正室ねねの故里・備中足守のご紹介 「足守藩主木下家と北政所」 木下家(元は杉原姓)は関が原以前は姫路城主(2万五千石)でしたが、関が原の合戦には参加せず、北政所を守護したためか、合戦後に同じ石高の「備中足守藩主」に所領替えになりました。 初代の藩主は、ねねの兄の木下定家(五男は岡山城主・小早川秀…
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春まだ遠い備中『吉備路紀行2012』 備中国分寺五重塔、こうもり塚古墳 シリーズ1

お正月の雰囲気が残る岡山県の「吉備路」を訪ねました。 吉備国(きびのくに)は、筑紫、出雲、大和、越、毛野と並ぶ古代倭国日本の有力な勢力 の地方国家でした。吉備路と言えば、造山古墳・作山古墳など日本の歴史にとって重要 な古墳が数多く存在する地域です。埴輪はここから始まったとも言われています。 今回の紀行では、吉備路を広範囲…
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平清盛ゆかりの神の島 宮島・厳島神社 2012『元始祭・舞楽・太平楽』

今年も恒例となりました宮島厳島神社「元始祭・舞楽」を撮影してきました。 今年の某国営放送大河ドラマは『平清盛』です。  平清盛が久安2年(1146)安芸守に任官された際、島全体が神の島として崇められていた宮島に平家の氏神として、今に伝わる社殿を造営し、一門で崇拝しました。 今年もご紹介の「舞楽」、平清盛によって大阪は四天王寺か…
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「若胡子女郎鉄漿事件」 花魁の町,潮待ちの町御手洗 「お歯ぐろ事件遺址」

3度通って、漸く写真に収めることができました。 ここは、以前もご紹介した、当時としては大都会だった瀬戸内海の「潮待ち」「風待ち」のための重要な港町で、北前船や四国や九州の諸大名船団が参勤交代途中に潮待ちの為、ここに立ち寄った場所、そう重伝建地区指定の御手洗(呉市豊町御手洗)です。 御手洗には、廣島藩公認のお茶屋が4軒も5軒も…
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