備後神楽 「三谿神楽」 (灰塚神楽団) 三次市三良坂町灰塚 宗像神社秋祭り奉納神楽

今回の神楽紀行は、三次市三良坂町灰塚の宗像神社秋祭り奉納神楽です。
三良坂は広島県北部地方の双三郡にあり、平成16年に三次市に統合されました。ずっと遡ると、最初は三谿郡と呼ばれ、それが三次郡と統合し、それから双三郡に移行され、現在は三次市になったということです。三良坂地方の神楽は、大きい分類では「備後神楽」に属します。備後神楽の中でも、今回の灰塚地区は「三谿神楽」と呼ばれています。ここで、少し広島の神楽についてのおさらいです。詳しい系統や流れについては多くの諸先生方の研究に任せるとして、私なりに調べた結果を書きます。
広島の神楽を大きく別けると、5系統7種の系統に分類されました。(あくまで私の偏見,私見です。ネットで検索すると4つの分類が多いですね。)

①岡山県備中・西美作地方と広島県備後北部地方に分布する荒神(備中)神楽
  備後地方の北部(東城)の比婆荒神神楽
②北広島町周辺、芸北地方の島根県矢上ルーツの六調子石見神楽系
  安芸高田市方面の島根県阿須那ルーツの八調子の高田神楽
③広島の東部から北部、備後内陸部(三次庄原地方)に分布する備後神楽
  地域によって世羅神楽,御調神楽,豊田神楽,三谿神楽 等の呼び名がある。
④広島の南西部から瀬戸内沿岸(大竹市~廿日市市方面)に伝わる安芸十二神祇
⑤瀬戸内海沿岸部や芸予諸島の島嶼部に分布する神楽
  瀬戸田の名荷神楽(みょうが)が有名。

  です。それぞれの地域の伝統を受け継いだ数多くの神楽団が活動しており、全国でも有数の
  神楽処になっています。
 
 今回の「三谿神楽」は③の系統の神楽「備後神楽」になります。
三谿という名称は、江の川の内、上下川・馬洗川・美波羅川の3つの流域(谿)という意味からの由来だそうです。ここで少しお伺いした地区の地理のお勉強。
灰塚地区には、有名な灰原ダムがあります。下流の庄原や三次は百年に一度大きな水害(洪水)にあったり、夏は水不足に悩まされてきましたが、その調整機能をもたせる為に建設されました。自然の堰止湖ですので、ダム建設時、多くの民家や学校、神社仏閣が湖の底に沈みました。三良坂の住民の多くは、代替地「三良坂町のぞみが丘」に移り住んでおられるようです。こののぞみが丘は、総てに新しく庭付きの和風様式の一戸建てで造りが豪華です。屋根瓦ひとつとっても灰色で厚みのある最高級品を使われている感じがしました。
 神社は灰塚に宗像神社、湯谷に宗像神社(別名大谷神社)、矢田に八王子神社が鎮座していましたが、住民の移転に伴い、1つの神社に纏められたそうです(地元の氏子さんから)。それが今回お伺いした宗像神社です。
 
 さて肝心の「三谿神楽」の説明です。江の川の流域には、神楽の源流は2つあるようです。それは、島根県の石見神楽と、出雲地方の出雲神楽です。大きな特徴は、栄えのある舞い、豪華な衣装、躍動感にあふれた神楽が石見系とすると、神官の衣装で厳かに舞うのが出雲系です。
「三谿神楽」は、二つがミックスしたような神楽でした。神楽の舞いは中心に無く、和歌に節をつけて歌ったり、語りで観客とのやりとりが多いのが特徴と見受けられました。60をとっくに過ぎられた方が難解な長い長い台詞や神楽歌を語られます。年に何回演じられるか知りませんが相当な記憶力ですね。感心します。それから今回始めて拝見しましたが、面櫃(めんびつ)という神楽で使用する道具類(面や衣装や鈴等)を入れる箱を舞台の後方に二つ置いています。最初、なぜに舞台の中心の後方にあんな箱(実際は革の旅行鞄でしたが)を置いて、その後に正座したり、歌ったりするのだろうと疑問に思っていました。後から調べて、その箱の後が舞台裏を意味し、和歌(神楽歌)を歌ったり、箱を開けて面を被ったりするということでした。このような箱の用い方は、石見にも芸北にもありません。衣装は絢爛豪華な芸北から比べたら極めて質素で地味です。そのために役柄になりきって舞えるのでしょう。備後神楽は主に、神楽を舞う方は本手と言われるプロの神楽師が演じられますが、今回拝見した『三谿神楽・灰塚神楽団』さんは、皆さん町内の素人さんみたいでした。
前置き(神楽の説明)が大変長くなってしまいました。今回は特に撮影枚数が多いので、何回か分けてのご紹介になります。今回の演目は、巫女の舞と二神の舞です。



19:00~ 三次市三良坂町灰塚 宗像神社奉納神楽 拝殿にて
■灰塚神楽団 ■灰塚子供神楽
演目 [巫女の舞、二神の舞、御座の舞、猿田彦、日本武尊、須佐の舞、恵比寿の舞(福まき)]


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      ●早めに到着したので、神社の前でうろうろしていましたら、一番早く来られた氏子の方に、
       「中で休んでください。入りましょう。」と声をかけられ、拝殿まで入ることができました。
       勿論、観客の中では一番です。氏子の方に色々神楽やダム建築に伴う移転などのお話し
       を伺いながら、一時間前になったので、座布団を並べるお手伝いをさせていただきました。
       どうです…出来て間もない拝殿は。なんでもこの神社、数億円かかったそうです。
       氏子の皆さん、お金持ちですね。神儀がおわり神楽が始まるころ、外は雨が酷くなってき
       ました。最初の頃は氏子の方と数名の地元のお年寄りでしたが、夜が更けてるころは拝
       殿の外まで観客がいっぱいになりました。勿論、私は一番に伺ったので、(よそ者のくせ
       に大変お邪魔しました)舞われる舞台の一番前の袖での撮影です。


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      ●この旅行鞄?が正式名称、面櫃(めんびつ)です。中に面や衣装が入っていて、
       箱の後が舞台の外だそうです。面白いですね~。

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      ●灰塚・宗像神社の場所

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この記事へのコメント

MIko
2015年09月01日 18:14
初めまして。何年も前の記事へのコメント失礼します。
私はこの日の祭りで巫女と神楽を舞った者です。笑
当時小学生でしたが今では大学生になり故郷を離れています。久しぶりに灰塚神楽団から一緒に神楽をしようとお声かけしていただき なんとなしにネットで灰塚神楽団を検索したら 貴サイトを見つけました!こんなに丁寧に分かりやすく説明していただいていてとても嬉しく懐かしく感じました!
7年前と比べて高齢化などで神楽を演じるのも少し大変な状況ではありますが、私たち若い世代が地元を盛り上げていきますので、またよろしければ灰塚に遊びに来てくださいね!お待ちしております。
長文乱文失礼しました。
MIkoさま、SiSiです
2015年09月02日 09:11
コメント頂戴し感謝です。検索いただき有難うございます。
そうですか、もうあれから7年も経つのですね。月日がたつのはホントあっという間です。撮影させていただいた小学生の巫女さんが今や大学生ですか。大学生活は如何ですか。遠方で故郷の伝統文化を守っていくのは、さぞ大変かと思いますが、若い仲間たちと、次の世代に向け、是非頑張っていっていただけたらと思います。当方も、足腰が立たなくなるまでは、各地の神楽やお祭りなどの伝統文化を訪ね、写真で残していきたいと思っていますので。
機会がありましたら、桧の薫るあの美しい神社を訪ねたいと思いますので、拝殿でお会いできたら嬉しいです。

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