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zoom RSS 文楽 阿波人形浄瑠璃の里 阿波十郎兵衛屋敷にて 傾城阿波の鳴門八段目「順礼歌の段」

<<   作成日時 : 2012/08/31 16:16   >>

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今年も、お盆休みに’徳島’を旅してきました。
目的は、阿波踊りの撮影です。阿波踊りの写真をご紹介する前に…

今回は訪れる予定ではありませんでしたが、阿波十郎兵衛屋敷に、
なぜか自然とハンドルが向いていました。
この屋敷は、阿波の人形浄瑠璃の里、吉野川の河口川内町にあ
ります。いつ行ってもここでは人形浄瑠璃が上演されていますが、
その大半(全部?)が、「傾城阿波の鳴門」です。


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阿波の人形浄瑠璃がいつくらいから誕生したのかと調べると、どう
やら、淡路の人形芝居が隆盛したことにより、淡路の人形芝居を
習得した阿波の百姓たちが、阿波に持ち帰り、百姓達の娯楽とし
て、人形芝居が起こることになったのが起源のようです。
この人形芝居は、辺地で彼方此方で小屋掛けしていましたが、藩
主の蜂須賀家の特別な庇護を受けて、国中に発展していったようです。


阿波十郎兵衛屋敷の
十郎兵衛は、「板東十郎兵衛」という阿波の国の庄屋の生まれで、
亡くなって70年後に、浄瑠璃作家近松半二ほか5名による傑作
「傾城阿波の鳴門」のモデルとなった人物です。


では、最初に屋敷内に展示されている’でこ’のご紹介から…

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徳島で人形浄瑠璃といえば、「傾城阿波の鳴門」ですが、少しこの
あらすじをご紹介します。


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板東十郎兵衛(実在)は、庄屋に生まれ、のちに苗字帯刀を許され、
藩主より「他国米積入れ川口裁判改め役」を申しつけられました。
阿波の国は藍と塩の生産は盛んでしたが、米の調達には苦労しており、
国外より米の買い付けをして補っていました。ところが、当時の江戸
幕府は、米や兵器を他国から集めることを禁止していました。米の
他国からの仕入れは密輸入となりますが、これがいつしか幕府にば
れてしまった訳です。密輸入を幕府に知られた阿波藩は、罪を全て
当時「他国米積入れ川口裁判改め」であった十郎兵衛に押しつけて
しまい、彼ら一族を幕府への言い逃れの為、処刑してしまいました。
その後妻のお弓も、娘のお鶴も相次いで病死してしまいました。


 「傾城阿波の鳴門」は、阿波藩のお家騒動の物語りを、実在した
十郎兵衛になぞらえて(擬して)浄瑠璃の作品にしたものです。


阿波藩の主君の名刀「国次」が盗まれ、探し出すよう家老・桜井主膳に
命じられた十郎兵衛は、主君の盗まれた刀を詮議するため、盗賊に身
をやつし、大坂玉造に盗賊銀十郎と名を変え夫婦で住んでいました。
盗賊仲間からそろそろ役人が追ってくるかもしれないと忠告を受け逃
げる寸前であったお弓のもとに、阿波の国から身を寄せていた祖父母
が死んだことで、父母恋しさに娘のお鶴が西国順礼をしながら大坂の
隠れ家へ訪ねてきます。


事情を聞いたお弓はその場でその娘が我が子お鶴と分かりましたが、
そこで親子の名乗りをしたのでは、お鶴に盗賊の一味としての罪が娘
にふりかかってしまうことを恐れ、心を鬼にして、路銀を無理やり渡し、
泣く泣く国許に帰るように仕向け、追い返します。
母と子の悲しい別れのシーンは、三味線伴奏で語る義太夫節さんの
もの悲しい甲高い歌声があいまって、何度観ても感動してしまいます。


次の「十郎兵衛住家の段」では、お鶴は母親と別れた後で、十郎兵衛
と出会うことになります。盗賊に身を落とした十郎兵衛は、お鶴が我が
娘とは知らず、持っていた金欲しさに実の我が子に手をかけ殺してしま
うのです。そこへお弓がお鶴を追ってきて、二人は事情を知り、夫婦は
悲嘆の涙にくれるのでした。亡骸の懐から出てきた手紙、それをもとに
名刀「国次」を奪ったのは小野田郡兵衛ということが判明。
一件落着し、十郎兵衛は藩への帰参がかなう、という物語りです。


では、開幕です。阿波踊りの期間中ということもあって、狭い会場は
観客で満員でした。

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以上、徳島市の阿波十郎兵衛屋敷での人形浄瑠璃「傾城阿波の鳴門」
のご紹介でした。


*昨夜、帰宅後だいぶ遅くなってから文書書きや画像編集
しましたので、少々本日の昼間は眠たくなってきたため、先ほど
まで外出しておりました。USBメモリから高速のネット環境を
使って、アップします。では、アップ!

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
sisi様、「傾城阿波の鳴門」っていう演目を定期的になさっているのですか?素晴らしい文楽を見て聞いてこられましたね。うらやましいです。人形も美しく、義太夫様のお顔も素晴らしいですね☆☆☆
阿波では人形遣の方は一人もお顔を出されないのでしょうか?わたしは文楽を知らないのですが、大阪では三人のうちお一人お顔を出されていたように記憶しています。
sisi様の文楽のお写真に魅了されています。阿波十郎兵衛屋敷では来月傾城阿波の鳴門、壺坂観音霊験記、えびす舞もあるのですね。いつか機会があれば行ってみたいです…

Rancho
2012/08/31 20:37
コメ返答遅くなりました。今朝は2時半に起床し瀬戸内海に浮かんでおりました。かさの長いボウシを被って日焼け対策していたのですが…ダメでした。顔がひりひりします。
阿波の人形浄瑠璃は、人形使いは全員黒頭巾で被り物をされています。阪神方面では顔を出されているのですか。面白いですね。
あんまり文楽は平素観る機会が少ないようです。

神楽・能・舞楽・歌舞伎・文楽…伝統文化の日本に生まれてよかった。
Ranchoさま、SiSiです。
2012/09/01 20:26

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